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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)6812号 判決

甲号事件原告

志ま子こと松沢志ま

乙号事件原告・甲号事件被告

屋台千代次

乙号事件原告

屋代君代

ほか一名

甲号・乙号事件被告

市原康雄

主文

1  甲号事件被告屋代千代次、同市原康雄の両名は各自同事件原告松沢志まに対し一二一万七、九四五円および右金員に対する昭和四六年八月二三日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  乙号事件被告市原康雄は同事件原告屋代千代次に対し五一万二、八五〇円および内金四一万二、八五〇円に対する昭和四六年一一月四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  乙号事件被告市原康雄は、同事件原告屋代君代に対し九万四、二〇〇円、同塩沢泰子に対し三二万三、七九五円および右各金員に対する昭和四六年一一月四日から年五分の割合による金員を支払え。

4  甲号事件原告松沢志ま、乙号事件原告屋代君代、同塩沢泰子のその余の請求を棄却する。

5  訴訟費用はこれを五分し、その三を甲号、乙号各事件被告市原康雄、その一を甲号事件被告屋代千代次、その余を甲号事件原告松沢志まの各負担とする。

6  この判決は主文第一ないし第三項に限り仮に執行することができる。

事実

第一請求の趣旨

一  甲号事件原告松沢志ま(以下原告松沢という)

「被告屋代千代次、同市原は各自原告松沢に対し一七四万七、三六一円および右金員に対する昭和四六年八月二三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は右被告らの負担とする」との判決ならびに仮執行宣言を求める。

二  乙号事件

原告屋代千代次(以下原告千代次という)

「被告市原は原告千代次に対し、五一万二、八五〇円および内金四一万二、八五〇円に対する昭和四六年一一月四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は同被告の負担とする」との判決ならびに仮執行宣言を求める。

三  乙号事件原告屋代君代(以下原告君代という)、同塩沢泰子(以下原告塩沢という)

「被告市原は原告君代に対し一七万七、二〇〇円、同塩沢に対し四五万三、七九五円および右各金員に対する昭和四六年一一月四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を各支払え。訴訟費用は同被告の負担とする」との判決ならびに仮執行宣言を求める。

第二請求の趣旨に対する答弁

一  甲号事件被告屋代千代次(以下被告千代次という)

「原告松沢の請求を棄却する。訴訟費用は同原告の負担とする」との判決を求める。

二  甲号、乙号事件被告市原康雄(以下被告市原という)

「原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」との判決ならびに原告ら勝訴の場合担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求める。

第三請求原因

一  事故の発生

原告松沢、同君代、同塩沢は、つぎの交通事故(以下本件事故という)によつて左のとおりの傷害を受けた。

(一)  発生時 昭和四五年三月一五日午後四時五五分頃

(二)  発生地 東京都新宿区坂町二八番地先路上

(三)  事故車 軽乗用自動車(八練馬き三七二一、以下甲車という)

運転者 被告市原

普通貨物自動車(多摩四も五九、以下乙車という)

運転者 訴外服部一夫

軽乗用自動車(六多摩さ七三九八、以下丙車という)

運転者訴外 石井好夫

普通乗用自動車(品川五一も一七九、以下丁車という)

運転者原(被)告千代次

同乗者原告松沢、同君代、同塩沢

(四)  事故態様 被告市原が甲車を運転し、靖国通りを東進中、中央線を越え対向車線に進入したため、おりから対向してきた乙車と接触し、更に乙車に丙車が、丙車に丁車が順次衝突し、丁車が同所南側新倉クリーニング店台所に衝突した。

(五)  受傷および治療経過

1(原告松沢、同千代次の主張)

原告松沢は、本件事故により脳震盪、頭部挫傷(脳挫傷)、両下腿挫傷等の傷害を負い、そのため東京女子医大病院および伴病院に一一三日間入院し、伴病院、四谷神経科医院、荻窪病院、百瀬医院、熊已医院および福井マツサージ師に一年二〇日間通院する等の治療を受け、なお、頭痛、眩暈、耳鳴り、難聴、頸部の硬直と腫れ、顔面にかけてのけいれん等の症状が残存する。

2 原告君代は、本件事故により前額部挫傷(皮下血腫)、両眼部挫傷血腫の傷害を受け、昭和四五年三月一五日から同年四月二日まで入院、同月一七日まで通院(実日数五日)し、治療を受けたが、なお脳波異常が存する。

3 原告塩沢は、本件事故により顔面挫傷、左大腿部、左下腿部および左前腕部挫傷、頭部打撲傷兼頸部挫傷、頭痛、眩暈および頸部痛の傷害を受け、昭和四五年三月一五日から同年四月一三日までおよび同月二〇日から同年五月一八日まで入院し、同年六月二四日まで通院(実日数四日)し、治療を受けた。

二  責任原因

(一)  (原告松沢の主張)

被告千代次、同市原は、各自つぎの理由により原告松沢に生じた損害を賠償する責任がある。

1 被告千代次は、加害車である丁車を所有し、自己のため運行の用に供していたのであるから、自賠法三条の責任。なお、丁車の所有名義人は訴外有限会社西川となつているが、同会社は資本金が五〇万円で、被告千代次が唯一人の取締役となつている同被告のいわゆる個人会社であるから、同被告は自ら丁車の運行を支配し、その運行による利益はこれに帰属する。そのうえ、本件事故の際同車を自己のために使用していたものであるから、いずれにしても同被告は丁車の運行供用者である。

2 被告千代次は、丁車の運転につき、つぎのとおりの過失があり、右過失によつて本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条による責任。

すなわち、本件事故は甲車の通行帯通行方法違反に起因するが、被告千代次としては丁車が丙車と接触した際急制動をかけるべきであつたのに不注意にもアクセルを踏んで加速させた過失により本件事故を発生させたものである。

3 被告市原は、加害車である甲車を所有し、自己のため運行の用に供していたものであるから自賠法三条による責任。

4 なお、被告千代次、同市原は共同不法行為によつて原告松沢に損害を加えたものであるから、民法七一九条により各自連帯にて賠償すべき責任がある。

(二)  (原告君代、同塩沢の主張)

被告市原は、つぎの理由により原告君代、同塩沢に生じた損害を賠償する責任がある。

1 加害車である甲車を所有し、自己のため運行の用に供していたものであるから自賠法三条による責任。

2 法定速度違反、車両通行帯通行方法違反およびハンドル操作不適当の過失により本件事故を発生させたので民法七〇九条による責任。

(三)(原告千代次)

被告市原は、本件事故により原告松沢に生じた損害を賠償する責任を負つているところ、原告千代次が、原告松沢に対し右損害のうち治療費三一万二、八五〇円を立替払したので、被告市原は、右原告千代次の支払によつて自己の債務を免れる利得をし、右利得には法律上の原因がないというべきであるから、原告千代次は被告市原に対し、右利得額と同額である三一万二、八五〇円の返還を求める。

三  損害

(一)  (原告松沢、同千代次の主張)

原告松沢は本件事故によりつぎのとおり損害を受けた。

1 入院治療費 一三〇万〇、二五〇円

2 通院治療費 六万六、九五一円

3 通院交通費 二万五、五三〇円

4 温泉療養費 二万五、六六〇円

(附添人費用を含む)

5 諸謝礼 四万四、八二〇円

(自宅留守番分を含む)

6 入院雑費 三万三、九〇〇円

7 親族付添費 一六万三、〇〇〇円

(延一六三人、一日当り一、〇〇〇円――脳障害によるけいれん発作、狂乱状態等のため特別の付添を要した。)

8 休業損害 四一万二、五〇〇円

(主婦兼和裁内職、本件事故の日の翌日から昭和四六年七月末まで、月二万五、〇〇〇円)

9 慰藉料 七九万円

10 損害の填補 一三一万〇、二五〇円

(1) 被告千代次関係の自賠責保険から五〇万円、同市原関係の自賠責保険から四八万七、四〇〇円を受領した。

(2) 被告千代次から三一万二、八五〇円、同市原から一万円の各弁済を受けた。

11 弁護士費用 一九万五、〇〇〇円

原告松沢は、以上により被告市原に対し、一五五万二、三六一円の請求をなし得るところ、原告松沢は弁護士である同原告代理人に本件請求手続の遂行を委任し、右請求額を基礎とし、その一割に相当する一五万五、〇〇〇円の報酬と四万円の手数料を支払う旨約した。

(二)  原告君代は本件事故によりつぎのとおり損害を受けた。

1 治療費 二五万八、二〇〇円

2 入院雑費 五、七〇〇円

3 逸失利益 七万二、〇〇〇円

(主婦一日三、〇〇〇円、二四日分)

4 慰藉料 一五万円

5 損害の填補 三〇万八、七〇〇円

原告千代次関係の自賠責保険から二九万八、七〇〇円を受領し、被告市原から一万円の弁済を受けた。

(三)  原告塩沢は本件事故によりつぎのとおり損害を受けた。

1 治療費 四四万七、〇九五円

2 入院雑費 一万七、七〇〇円

3 逸失利益 一八万九、〇〇〇円

(主婦、一日三、〇〇〇円、六三日分)

4 慰藉料 三〇万円

5 損害の填補 五〇万円

原告千代次関係の自賠責保険から四九万円を受領し、被告市原から一万円の弁済を受けた。

(四)  原告千代次は本件事故により前記二(三)のほか、つぎのとおり損害を受けた。

原告千代次、同君代、同塩沢は、被告市原に誠意がないため任意の弁済を受けることができず、本訴請求を余儀なくされたから、このために要する弁護士費用(報酬一〇万円および手数料一〇万円と約した)は被告市原が負担すべきところ、原告千代次が原告君代、同塩沢の請求手続の遂行を含めて弁護士である原告ら代理人に対し、その負担を約しているので、原告千代次は被告市原に対し右弁護士費用として二〇万円の支払を求める。

四  結論

よつて

(一)  原告松沢は、被告千代次、同市原に対し一七四万七、三六一円および右金員に対する訴状送達日の翌日である昭和四六年八月二三日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(二)  原告千代次は、被告市原に対し五一万二、八五〇円および内弁護士報酬を除く四一万二、八五〇円に対する訴状送達日の翌日である昭和四六年一一月四日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(三)  原告君代は、被告市原に対し一七万七、二〇〇円、同塩沢は被告市原に対し四五万三、七九五円および右各金員に対する訴状送達日の翌日である昭和四六年一一月四日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

第三請求原因に対する答弁、反論および抗弁

一  被告千代次

(一)  答弁

請求原因一の事実中(一)ないし(四)は認め、(五)は不知。同二の事実中(一)の1は争う。なお、乙車の所有名義人が訴外有限会社西川であり、同会社の資本金が五〇万円で、取締役が被告千代次のみであることは認める。同2は否認する。同三(一)の事実中、1ないし9、11は不知、10は認める。

(二)  免責の抗弁

丁車は本件現場に至るまで新宿方向の片側三車線の歩道寄りを時速約四〇キロメートルの速度で走行し、丙車は丁車の右前方約五メートル付近の第二車線を丁車よりやや早い速度で走行し、乙車は中央寄りを先行していたところ、突然丙車が衝突音を残すと同時に丁車の進路を塞ぐ恰好となつたため、丁車は避譲措置をとるいとまもなく、丙車の左側面の運転台と荷台の間の部分と丁車の右前角が接触し、本件事故が発生したものである。

右を要するに、本件事故発生につき、被告千代次に前方不注視、ブレーキ操作の誤り、また速度制限違反の過失はなく、専ら被告市原の通行帯通行方法違反に事故発生の原因があるというべきであつて、仮に、同被告が自賠法所定の運行供用者であるとしても同法三条但書により免責される。

(三)  好意同乗の抗弁

本件事故は、被告千代次が原告松沢のために、無償で丁車を運行中に発生したものであるから、原告松沢は好意同乗者というべきで、その損害額を算定するに当つては相当額を減額して然るべきである。

すなわち、かねて被告千代次の子訴外一郎と原告塩沢の子訴外途恵は婚約中であつたところ、事故当日右途恵の結婚調度品を購入するために、被告千代次が、妻君代、訴外途恵、原告塩沢および原告塩沢の実姉である原告松沢の四名を丁車に同乗させ、買物に出掛け、その帰途原告松沢をその自宅に送り届ける際に本件事故が発生したものである。

(四)  弁済の抗弁

被告千代次の右の主張がいれられないとしても、原告松沢は被告千代次から三一万二、八五〇円の弁済を受けている。

二  被告市原

(一)  答弁

請求原因一の事実中(一)ないし(四)は認め、(五)の不知。同二の事実中の(一)の3および(二)の1は認め、(二)の2および(三)は否認する。

同三の事実中原告らが主張のとおり損害の填補を受けたことは認め、その余はすべて不知。

(二)  事故態様に関する主張

本件事故現場は、新宿方面から市ケ谷方面に通ずる幅員約二〇メートル、片側三車線の道路上である。被告市原は、甲車を運転して市ケ谷方面に向つてセンターライン寄りの車線を走行していたところが、同方向に第二車線を走行していた自動車(トヨペツトクラウン)が突然甲車の直前に割り込んできたので、被告市原は同車との接触を避けるため已むなくハンドルを右に切り右側に寄せつけられる結果となつた。そして中央線を僅かに越えたとき対向車線の中央寄りを高速度で進行してきた乙車の右側後部と甲車の左前部が接触した。そして乙車の右前部が新宿方向の第二車線を走行していた丙車の右側面に触れ、丙車はブレーキをかけながら斜め左方向に走行した。ところが新宿方向へ歩道寄りをかなり後方から走行していた丁車が歩道に乗り上げ新倉クリーニング店に衝突したものである。

(三)  過失相殺の抗弁

本件事故の状況は右のとおりであるから、丁車が適切な速度を守り、前方を注視していれば、丙車と接触せずに適切な措置をとりうる余裕が充分あつた筈であり、クリーニング店に突つ込む程の事故の発生には原告千代次の速度の出しすぎ或いは前方不注視の過失があり、これが本件事故発生の一因をなしているものといわねばならない。したがつて原告千代次および同原告の妻である原告君代の損害額算定に当つては原告千代次の過失を斟酌すべきである。

第四抗弁に対する答弁

一  原告松沢

(一)  免責の主張は争う。

(二)  原告松沢が被告千代次から三一万二、八五〇円を受領したことは認める。

二  原告千代次、同君代

過失相殺の主張は争う。

第五証拠関係〔略〕

理由

一  事故の発生

請求原因一(一)ないし(四)記載のとおり本件事故が発生したことは当事者間に争いがない。

二  責任原因

(一)  被告千代次

被告千代次が本件事故当時運転していた丁車が訴外有限会社西川の所有名義であつたことおよび同会社は資本金が五〇万円で、その取締役は同被告のみであることはいずれも当事者間に争いがないところ、〔証拠略〕によれば、右会社は食肉類、一般食料品の販売を目的とする会社で、本店所在地は被告千代次の住所と同一であり、本店の外に支店はないこと、丁車は普通乗用車(コロナマークⅡ)であつて、本件事故の際に同被告が自家用車として右会社の業務以外の用途に使用していることがそれぞれ認められ、右の各事実からすれば、同被告は実質的に右会社の経営責任者の地位にあつて、いわゆる個人会社の経営者として丁車を自己のため運行の用に供している者であるということができるばかりでなく、また常々丁車を右会社の業務以外にも自己のため運行の用に供していると推認するのが相当で、他に右推認を妨げる事情または右認定をくつがえすに足りる証拠は存しない。

してみると、被告千代次は丁車の運行供用者であつて、後記三に述べるとおり免責事由が認められないので、本件事故により原告松沢の蒙つた損害を賠償すべき責任がある。

(二)  被告市原

被告市原が本件加害車である甲車を所有し、自己のため運行の用に供していることは当事者間に争いがないから、同被告は自賠法三条により、原告らに生じた損害を賠償する責任を負う。

三  免責の主張について

被告千代次は、本件事故は専ら被告市原の運転上の過失により発生したもので、被告千代次には丁車の運転につき過失はなく、自賠法三条但書に該当するとし、免責を主張するので、つぎにこの点を判断する。

(一)  本件事故現場付近の状況

当事者間に争いのない前記一の事実と〔証拠略〕によればつぎのとおりの事実が認められる。

本件事故現場は東京都新宿区坂町二八番地先靖国通り路上であるが、右道路は、現場付近において歩車道の区別があり、車道幅員約二〇・四メートル、片側三車線、幅約五〇センチメートル、高さ約五センチメートルのチヤツターバー付中央分離帯が設置された舗装道路であつて、最高速度は時速五〇キロメートルと定められていること、南側歩道は、現場付近において幅員約七・六メートルで、車道より少し高くなつており、車道寄りに鋼鉄製のガードレールが設置されていたこと、事故当時歩車道とも現場付近の路面は乾燥し、また道路の見通しは悪い状況ではなかつたこと、

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(二)  各事故車の進行状況

(一)に認定した事実と〔証拠略〕によるとつぎのとおりの事実が認められる。

1  被告市原は、甲車を運転し、靖国通りを、市ケ谷(東)方面に向け、毎時五五ないし六〇キロメートル位の速度で中央線寄り車線を走行し、本件現場にさしかかつたところ、同方向の左側車線を併進する普通乗用車が右寄りに進行して来たのに気をとられ、ハンドルを右に切りすぎてしまつたため、甲車を中央分離帯に乗り上げ、とつさに急制動をかけたが、間に合わず対向車線に入り込み、おりから新宿(西)方向の中央線寄りを走行してきた乙車の右後部に甲車の右前部を衝突させた。

2  訴外服部は、乙車を運転し、靖国通りを新宿方面に向け毎時約四〇キロメートルの速度で中央線左側約二メートルの付近を走行し、本件現場付近に至つたところ、右斜め前方直近の地点に前記のとおり対向してきた甲車が突然中央線を越え自車線に進入してきたのを認め、危険を感じてとつさにブレーキを踏み、左方向へハンドルを切つたが、問に合わず甲車と前示のとおり衝突した。

3  訴外石井は、丙車を運転し、靖国通りを新宿方面へ向け毎時約五〇キロメートルの速度で第二車線を走行し、本件現場にさしかかつた際、同方向右側を走行していた乙車がいきなり自車線に進入したのを認めたが、その時には既に同車とは至近距離にあつたため、適切な避譲措置をとるいとまもなく、丙車前部が乙車の左側部と接触し、さらに後記のとおり丁車とも接触した後左方へ方向を転じ、左側車道脇ガードレールに衝突して停止した。

4  被告千代次は、丁車を運転し、靖国通りを新宿方向に向け、西行車道の歩道寄りを走行し、本件現場に差しかかつたところ、右斜め前方約一五メートルの処を進行していた丙車が突然左に寄つて自車進行線に進入したのを視認し、同車との衝突の危険を感じ、これを回避するため急制動をかけるとともに左へハンドルを切つたが、間に合わず、車道左端から約五・二メートル中央寄りの地点で丁車の右前部が丙車の左側部に接触し、接触後丁車は車道上に左へ急に彎曲するスリツプ痕(左側約一六メートル、右側約一七・五メートル)を残し、左側車道脇ガードレールに衝突してこれを倒壊したうえ、なおも幅員約七・六メートルの歩道上を越えて、同所南側新倉クリーニング店舗に突入してようやく停止した。

以上の各事実が認められ、事故直前における丙車と丁車の車間距離について右認定に反する千代次の本人尋問の結果は前掲乙第五号証に照し採用せず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(三)  右の各事実に基いて考えると、被告千代次に接触事故前において前方不注視等の運転上の過失があつたことあるいは丁車と丙車との接触の危険を感じた後における避譲措置については責むべき点のあることは、これを認め難いものというべきところ、本件事故直前の丁車の運行速度についてみると、〔証拠略〕には丁車の速度は、時速五〇キロメートルまたは約四〇キロメートルの速度であるとされ、法定の制限速度以下であつたというのであるが、前記(二)に述べた事実関係からすれば、丁車は、丙車との接触の危険を感じて後停止するまで約四〇メートル、またブレーキ作動後二三メートルを超えて走行しており、この事実と前示の本件事故当時の道路状況、甲ないし丁車の運行状況、殊に丁車がガードレールを倒壊し、歩道に乗り上げ、家屋に衝突してはじめて停止した事実に鑑みると、丁車が前記制限速度を上廻つて走行していたことを疑うことができ、〔証拠略〕の結果をもつてしてはいまだ丁車の速度が法定の制限速度である時速五〇キロメートル以下であつたとの心証を得るに充分でなく、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

以上によれば、被告千代次は事故直前において制限速度以下の速度で丁車を走行させ、もつて安全運転を行なうべき義務を尽したかどうかは証拠上いずれとも確定し難いというほかない。

ところで、前示各事実によれば、被告千代次は、丙車が右前方約一五メートルの地点で左方向へ進入してきたことを認め、丙車との衝突地点は、車道左側端から約五・二メートル中央寄りの処であるというのであるから、丁車が制限速度以下の速度で走行していれば、丙車との接触を回避し得たか、少なくとも衝突後は速やかに停止し、損害の拡大を防止し得たことを期待できないわけでないから、丁車の運行速度如何は本件事故発生と関連性がないとはいえない。

そうすると、被告千代次は本件事故発生に関し、丁車の運転について過失がなかつたとはいえないから、原告松沢の損害に対し自賠法三条但書によりその損害を賠償する責任を免れるべき限りでない。

(四)  右のとおり被告市原の甲車の運行と被告千代次の丁車の運行が共同して原告松沢に損害を加えたというべきであるから、右被告両名は各自賠償の責めに任ずると解される。

四  過失相殺について

被告市原は、原告千代次および同君代の請求に対し、原告千代次に運転上の過失があつたとし、右原告両名の損害額について斟酌すべきであると主張するが、三で述べたとおり、〔証拠略〕原告千代次が丁車を運転するにつき、何らかの過失があつたと認めるに足りる証拠はないから、原告千代次の過失の存在を前提とする原告市原の右主張は失当である。

五  原告千代次の不当利得返還請求について

原告千代次と被告市原は、原告松沢に対し、共同不法行為者として連帯して本件損害賠償債務を負担していることは既述のとおりであり、原告松沢は丁車の自賠責保険から五〇万円を受領したほか、原告千代次から三一万二、八五〇円を受領したことは当事者間に争いがない。

ところで、共同不法行為に基いて不真正連帯債務を負担する者は、自己の負担部分を越えて債権者に弁済した場合は、他の債務者に対し求償をすることができるから、これを本件についてみると、後述するとおり原告松沢の本件事故による総損害(但し弁護士費用は除く)は二四一万八、一九五円であり、その二割強に相当する金員が原告千代次関係の自賠責保険から支払済であるから、自賠責保険制度の趣旨に鑑み、原告千代次が被告市原との関係で右自賠責保険による支払額を越えて責任を分担するのでなければ、原告千代次が、賠償額の一部を自己負担すべきでないと解せられる。

共同不法行為者間の内部的な負担部分は、共同不法行為において明らかとなつた各行為者の過失の割合によつて決定されるのを原則とする。ところで、本件においては前示事実関係に照すと、被告市原の過失が本件事故発生に対して与えた力の度合が極めて重大であり、原告千代次の負担部分は、たとえ、自賠法三条の趣旨を勘案し右原則を変更するにしても、原告松沢の総損害の二割相当額ないしは自賠責保険限度額を上回ることはないといわなければならない。

そうすると、原告千代次が運転していた丁車の自賠保険から支払済の金額は、同原告の負担部分額を越えていることになり、内部関係においては同原告は右のほかに何ら支払義務を負担する筋合でないから、原告千代次が原告松沢に対して支払つた前示金員は、すべて被告市原が負担すべきものである。

ところで、本件において、原告千代次は不当利得にもとづく返還を請求しているところ、同原告は原告松沢に対し自賠法三条による賠償責任を免れ得ないから被告市原と共に共同不法行為者の立場に立つと認めるが、原告千代次の本件弁済は被告市原との関係において自己の負担部分額を越えると認めたうえで、原告千代次の本訴請求を共同不法行為者間の求償権にもとづく請求と理解し、これを認容しても、両請求が性質、要件において概ね共通していることに鑑み弁論主義に反しないものと考える。

六  損害

(一)  原告松沢

〔証拠略〕によれば、原告松沢は、本件事故により頭部外傷、右肩、右腸骨部および右下腿打撲傷の傷害を受け、そのため事故当日伴病院に受診し、さらに翌日から四月三日までの一九日間東京女子医大病院に入院し、同年四月七日から七月九日までの九四日間伴病院に入院して治療を受け、また同年七月九日に四谷神経科医院において脳波検査を受けたほか、同年七月一〇日から九月九日まで(実日数九日)、伴病院に通院し、同年七月一〇日から昭和四六年四月三〇日まで(実日数四一日)百瀬医院に通院し、昭和四五年八月二六日から一〇月二〇日まで(実日数四日)荻窪病院に通院し同年八月一五日から昭和四六年四月一日まで(実日数一七日)福井啓太郎のマツサージ等の治療行為を受けたほか、昭和四五年一〇月、一一月、伊豆稲取および箱根において計一〇日間温泉療養をしたこと当初意識障害および強度の頭痛のほか、項部痛、頸部運動障害および腫れ、視障害、悪心眩暈、両肩こり等の症状が顕著であり、これら症状は漸次改善されたものの、受傷後一年余にわたり持続し、右記両病院退院後も右のような対症治療を余儀なくされたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

そこで原告松沢の損害額を算定する。

1  治療費 一三五万〇、一〇五円

〔証拠略〕によれば、原告松沢は前示各病院等に対し、入、通院による治療費として合計一三五万〇、一〇五円を支出したことが認められる。

ところで〔証拠略〕によれば、原告松沢は、昭和四六年五月四日から同年七月三一日までの間において右耳管カタル、急性鼻カタル、急性咽頭炎の治療のため熊己耳鼻咽喉科医院に通院し、治療費として三、四九六円を支出したことが認められるが、右各疾病が原告松沢が本件事故を原因として罹病したものであると認めるに足りる証拠はなく、右治療費は本件事故による損害と認めることはできない。

2  通院交通費 二万五、五三〇円

〔証拠略〕によると、原告松沢は昭和四五年七月一〇日から一〇月末日までの間伴病院等への通院のため交通費として二万五、五三〇円を支出したことが認められる。

3  温泉療養費 二万五、六六〇円

〔証拠略〕によれば、原告松沢は通院先の病院の医師の指示もあつて、本件傷害の治療のため前掲のとおり温泉療養を行ない、その費用として二万五、六六〇円を支出したことが認められ、前示受傷の程度およびそれによる症状に鑑み右支出は本件事故と相当因果関係に立つ損害ということができる。

4  謝礼金

〔証拠略〕によれば、原告松沢は、医師、看護婦および原告住居の留守番を依頼した者に対し謝礼として合計四万四、八二〇円を支出したことが認められるが、原告松沢の前示傷害の程度等に鑑み、後掲付添費および入院雑費の範囲を超えて、本件事故と相当因果関係のある損害と認めることはできない。

5  入院雑費 三万三、九〇〇円

前示認定の各事実によれば、原告松沢は本件の傷害の治療のために通算一一三日間東京女子医大病院および伴病院に入院したものであるところ、入院中平均すれば雑費として一日少なくとも三〇〇円合計三万三、九〇〇円の支出をしたものと推認するのが相当であるから、右支出は本件事故による損害と認められる。

6  付添費 一一万三、〇〇〇円

〔証拠略〕を総合すると、原告松沢は前示各傷害の治療のため東京女子医大病院および伴病院に入院している間においても頭痛等の症状に悩まされ、右各症状のため起居動作等に不便があつたこと、右伴病院においては医師から付添人の必要なことが指示されていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

そうして、右の認定事実によれば、原告松沢は、右各病院に入院中は付添人を要する状態にあつたものであるが、必ずしも専門的な知識または技術等を有する付添人の付添までは要せず、また付添人は一名で足りるものと認めるのが相当である。

ところで、〔証拠略〕によれば、原告松沢が右各病院に入院中同原告の夫または長男らが毎日一名以上が付添つたものと認められるが、前判示によつて付添人一名についての付添費用が本件事故と相当因果関係に立つ損害というべきところ、前示諸事情に照らし、右付添料は一日について一、〇〇〇円と認められ、結局原告松沢は、付添費として一一万三、〇〇〇円の損害を蒙つたと認められる。

7  休業損害 二七万円

〔証拠略〕によれば、原告松沢は和裁縫の技術を有し、本件事故以前において第三者の注文に応じて和服の仕立等の手仕事を行ない、これにより毎月少なくとも二万円の収入を得ていたものと認められるが、前示認定の事実によると、原告松沢は昭和四五年三月一五日に受傷し、同年七月九日まで入院治療、さらに昭和四六年四月末日まで通院治療を受けたもので、前示症状等に徴すると、原告松沢の前掲症状は昭和四六年四月末頃までにかなりの軽快をみたものと推認され、それ以後において原告松沢の労働能力にさほどの影響を与えるべき後遺症状が存すると認めるに足りる証拠はない。

以上の諸事情によれば、原告松沢は昭和四五年三月一五日から翌年四月三〇日までの間本件受傷により和服仕立の仕事を休業せざるを得なくなり、右休業により二七万円の損害を受けたものと認められる。

8  慰藉料 六〇万円

さきに認定した傷害の程度その他、本件記録に顕われた諸事情を勘案すると、原告松沢が本件事故によつて受けた精神的苦痛に対して六〇万円をもつて慰藉するのが相当である。

ところで被告千代次は、原告松沢は丁車の好意同乗者であるから損害額を減額すべきであると主張するが、〔証拠略〕によれば、原告松沢の姪である訴外塩沢途恵は、かねて被告千代次の子一郎と婚約中で、右結婚準備のため、原告松沢は原告君代、同塩沢等と共に被告千代次運転の丁車に同乗し結婚調度等の買物に行き、被告千代次宅への帰途、本件事故にあつたものと認められ、右によれば、丁車の運行が、原告松沢のために、なされたものとしてその受けるべき損害賠償額につき斟酌されるべき事情があると認めることはできず、被告千代次の右主張は失当である。

9  損害の填補 一三一万〇、二五〇円

原告松沢は、本件事故による損害の填補としてその主張するとおり合計右記金額を受領したことは当事者間に争いがない。

10  弁護士費用 一一万円

〔証拠略〕によれば、原告松沢は、弁護士である同原告代理人に対し本件請求手続の遂行を委任し、その費用および報酬として一九万五、〇〇〇円を支払う旨約したことが認められるが、本件における審理経過、事件の難易、原告松沢の損害額等に鑑みると、右のうち一一万円(昭和四六年八月二二日の現価として)が本件事故と相当因果関係に立つ損害と認めるのが相当である。

(二)  原告君代

〔証拠略〕によれば、原告君代は、昭和四五年三月一五日本件事故により前額部挫傷(皮下血腫)および両眼部挫傷血腫の傷害を受け、そのため同日から四月二日まで一九日間伴病院に入院して治療を受け、四月三日から一七日まで同病院に通院(実五日)し、ほか同月一日四谷神経外科医院において脳波検査を受けたものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

以上によつて原告君代が本件事故により蒙つた損害額を算定する。

1  治療費 二五万八、二〇〇円

〔証拠略〕によれば、原告君代は右治療費として二五万八、二〇〇円の支出を要したことが認められる。

2  入院雑費 五、七〇〇円

前示認定事実によれば、原告君代は本件受傷のため一九日間入院治療を受けたものであるが、入院中雑費として一日少なくとも三〇〇円を支出したものと推認するのが相当であるから、右支出は本件事故による損害と認められる。

3  家事労働不能による損害 一万九、〇〇〇円

〔証拠略〕によれば、原告君代は、事故当時年令五三才の主婦で、家事労働に従事していたものであるが、本件事故により前示の傷害を受け、一九日間入院したことにより、その間家事労働を全くなし得ない事態となり、これにより財産上の損害を蒙つたものと推認すべきところ、原告君代の年令等諸事情を考慮すると、右家事労働の不能による損害は一万九、〇〇〇円であると認めるのが相当である。

4  慰藉料 一二万円

原告君代の受傷部位、程度ならびに治療経過等前示各事実を勘案すると、原告君代が本件事故により蒙つた精神的苦痛に対しては一二万円をもつて慰藉するのが相当である。

5  損害の填補 三〇万八、七〇〇円

原告君代は、本件事故による損害の填補として原告主張のとおりの金員を受領したことは当事者間に争いがない。

(三)  原告塩沢

〔証拠略〕によれば、原告塩沢は昭和四五年三月一五日本件事故により顔面、左大腿部、左下腿部、左前腕部挫傷の傷害を受け、そのため同日から四月一三日までの間伴病院に、同月二〇日から五月一八日までの間代田外科病院に各入院して治療を受け、その後同年六月二四日までの間(実日数四日)通院し、その頃治癒したもので、その間頭痛、眩暈、頸部痛等の症状のあつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

以上によつて原告塩沢の損害額を算定する。

1  治療費 四四万七、〇九五円

〔証拠略〕によれば、原告塩沢は右治療費として四四万七、〇九五円の支出を要したことが認められる。

2  入院雑費 一万七、七〇〇円

前示認定事実によれば、原告塩沢は本件受傷の治療のために通算五九日間入院したのであるが、入院中雑費として一日少なくとも三〇〇円の支出をしたと推認するのが相当であるから、右支出は本件事故による損害と認められる。

3  家事労働不能による損害 五万九、〇〇〇円

〔証拠略〕によれば、原告塩沢は事故当時五一才の主婦で、家事労働に従事していたものであるが、本件受傷のため五九日間入院したことにより、その間全く家事労働をなし得ず、右により財産上の損害を蒙つたものと推認すべきところ、原告塩沢の年令等の諸事実に鑑み、右家事労働不能による損害は五万九、〇〇〇円であると認めるのが相当である。

4  慰藉料 三〇万円

原告塩沢の受傷部位、程度ならびに治療経過等前示認定事実を勘案すると、原告塩沢が本件事故により蒙つた精神的苦痛に対しては三〇万円をもつて慰藉するのが相当である。

5  損害の填補 五〇万円

原告塩沢は、本件事故による損害の填補として原告の主張どおりの金員を受領したことは当事者間に争いがない。

(四)  原告千代次

〔証拠略〕によれば、原告千代次、同君代、同塩沢は、弁護士である同原告ら代理人との間で本件請求手続の遂行を委任し、その費用および報酬として二〇万円を支払う旨約し、さらに原告ら三名の間で右金員は原告千代次が負担する旨定めたことが認められるところ、本件における審理経過、事件の難易、原告らの損害額に鑑み、右二〇万円(昭和四六年一一月三日の現価である)が本件事故による相当因果関係に立つ損害というべきで、右認定事実によれば、右は原告千代次の損害と認めて差支えないと解する。

七  結論

被告千代次、同市原は連帯して原告松沢に対し、一二一万七、九四五円およびこれに対する訴状送達日の翌日であることが記録上明らかな昭和四六年八月二三日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるから、原告松沢の請求は右の限度で認容し、その余は失当として棄却し、また被告市原は、原告千代次に対し五一万二、八五〇円、同君代に対し九万四、二〇〇円、同塩沢に対し三二万三、七九五円および右各金員(但し、原告千代次については内金四一万二、八五〇円)に対する訴状送達日の翌日であることが記録上明らかな昭和四六年一一月四日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるから、原告千代次の請求は認容し、同君代、同塩沢の各請求は右の限度で認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を各適用し、仮執行宣言については同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高山晨 大津千明 大出晃之)

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